『零〜zero〜』アンソロジー 最終回 『開発室』
担当:柴田誠 (ディレクター)

公式には話すまいと思っていたのだが、
やはり、あの事を話しておかなくてはなるまい…。


スタッフが髪の毛を引っ張られたと思ったのは、気のせいかもしれない。

ガラスに映った女も、それも暗かったので何かの見間違いかもしれない。

実は私は、そういう「勘違いかも」というレベルではなく、
目の前ではっきりと、 ありえないものを見てしまったのである。

こんなオイシイ話しは、もっと喧伝すべきだと言われそうだが、
どうも話す気にはならなかった。

雑誌インタビューはもちろん、スタッフにも話さなかった。

プロジェクトが終わってから、ようやく話す気になったのだ。

もちろん、それには理由があるのだが…



『零〜zero〜』開発室に現れた霊
霊は実際に開発室に現れていた


開発末期、夜中2時過ぎの事である。

フロアには誰も残っておらず、私だけが作業をしていた。

他のスタッフは仮眠に入ってしまったようだった。

広いフロアに一人きりというのも寂しいものだが、 こういう事もたまにある。

辺りは静まり、パソコンのファンの音だけがかすかに響いていた。

作業中、ふとパソコンから目を上げると、会議室のドアが開いているのが見えた。

私の机は、本社5Fの一番奥にあり、フロア全体を見渡せる位置にある。

ちょうどそこから、5F会議室のドアをちょうど間横から見る事ができるのだが、

横から見たため、ドアが開いているのは分るが、中は見ることはできない。

そこから、ひょこっ、と白い横顔が出た。

やけに無表情で、目を閉じている。
口は半開きで、力を抜いているようだ。
しかも、髪の毛が薄い…というか、ここからでは髪の毛が無いようにも見えた。

零のプロジェクトには、Uという顔の白い男がいる。

会議室で寝ていたその男が、私を笑わそうとしてふざけているんだろうと思った。

Uは茶髪なので、肌色に溶けてこんな風に見えるのかなと思った瞬間、
その白い横顔は、部屋の中に引っ込み、また出るという前後運動を始めたのだ。

ひょこっ、ひょこっ。

コミカルなリズムで動き続ける白い顔。

それを見て、不覚にも思わず笑ってしまった。
しょうがないなー、と思いながら仕事に戻る。

仕事に集中して、小一時間たった頃、気を抜いて、ふと顔を上げたみた。

そこには、まだあの横顔が、ひょこっ、ひょこっとまぬけな運動を繰り返している。

「おい、ちょっとしつこいぞ」と思いながら席を立つ。
その瞬間から、顔は引っ込んだまま出て来なくなった。

会議室を覗くと、そこは真っ暗だった。 明かりを付けたが、中には誰もいない。
それならば、さっきから出入りしていた顔は一体?

……見てしまった…
あれは、まぎれも無く、はっきりと見た"ありえないもの"だった。

しかし、霊と言うにはあまりにもコミカルすぎた。

仮に、あの顔が私のほうを見たまま動いていたのであれば、
私に対する怨念を感じたのだろうが、ずっと横を向いたまま、
ひょこひょこ顔を出されては笑うしかない。

えてして、霊体験というのはこういうものなのかもしれない。
あいつは、私に恨みがあるわけではなく、 怖がらせてやろうという野心もなかった。
ただそこで動いていただけだったのだ。

何をしたいのかわからないそいつと、私の気まずい出会い。
現実の霊体験には、怪談のような山場もオチもなく、
唐突で投げっぱなしのものもあるのだろう。

今となっては笑い話のように話せるが、
当時は、この体験が何なのか分らず困っていた。

きっと、この話を聞いた方もリアクションに困るのではないか。

それが誰にも話さなかった理由である。




後日談:スタッフコラムという形でスタートした『零〜zero〜奇譚』 、いかがだったでしょうか。
アンソロジーに関しては、企画書そのままを抜粋した箇所もあり、
テクモのホームページでも前例のない、ボリュームのあるものとなってしまいました。
このスタッフコーナーで『零〜zero〜』プレイ後の余韻に浸っていただくもよし、また未プレイの方には、このコーナーを機会に『零〜zero〜』に興味を持っていただければ、と思います。
ありがとうございました。(柴田)


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