【小説版『 零〜zero〜 』刊行によせて】

 『零〜zero〜』の製作に携わっている間に、実にさまざまな"ありえないこと"が起きた。
そして、それは『零〜zero〜』の欧州版を作っている現在も続いている。


私が、欧州版をチェックしている時の出来事である。

序章で真冬を操作していると、スタッフの一人がトラブル発生という事で私を呼んだ。
トラブルを解決し、続きをプレイしようとした時に、テレビ画面の異変に気づいた。
一瞬、何が起こっているかわからなかった。
誰もコントローラーには触っていないのに、テレビの中で真冬が走りまわっていたのだ。
ジン、と頭の中心が痺れるような感覚。周囲の空気が、泥のように重くなる。
真冬はひとしきり辺りを走ると、カメラを構え、何かを探すかのように視線をさまよわせる。
不意にシャッターが切られ、写真がじわりと浮かび上がる。
…何も写っていない。
カメラを納め、再び走り出す真冬。次々と写真を取りはじめる。
それは、昼間、大勢のスタッフが働く中で見た、まるで白昼夢のような光景だった。


…そのうちにゲームに入っていない何かが写りこむのでは…
恐ろしい考えが頭をよぎり、焦 ってコントローラーを引き抜くと、
ようやく画面の中の真冬も止まった。

すぐさまプログラマーを呼んで状況を説明しようとするのだが、どうしても再現できない。
 「コントローラーを抜いて直ったのなら、ゲーム内部の不具合じゃないでしょう…」
不審がるプログラマーの傍らで、私は足元がぐらつくような眩暈に襲われた。

……見てはならないものを見てしまった。

私たちは、常に時間が連続して流れていると思っている。
あらゆるものに、原因と結果があると思っている。
しかし、私たちが意識を向けていない場所では、
理性も論理も通じないような"ありえないこと"が起こっているのではないか…
そう感じる瞬間が、日常の中には確かにある。

脆い土台にのっている日常が、崩れた先にある世界。
今回の事件も、たまたま、その世界を垣間見てしまっただけなのだろうか…?

このノベライズの打ち合わせで、作者と言葉を交わした時、
その世界の空気に触れたことのある 人間だと直感した。
私は、その秘密を作者と共有したことに後ろめたい歓びを感じると同時に、
このノベライズが"ありえないもの"を捉えるのではと、大いに期待した。

その期待にたがわず、この魅力的な小説を読み進めていくと、
日常の空間の中に穿たれた空隙に触れてしまった、あの感覚に満ち満ちている。
しかも、単純なゲームのノベライズとは一線を画しており、
ゲームを終えたプレイヤーにも楽しめる内容になっているのも面白い。

形式上、零〜zero〜というゲームが先にあり、それをもとにノベライズが
書かれたという形になっているが、後も先もない。
この二つは、同じ"見えざるもの"に捧げられている。

どちらから先に触れてもいいと思う。ぜひ、この感触を味わって欲しい。


<INDEX>
<TOP>